東京高等裁判所 昭和48年(う)1572号 判決
被告人 菅原達雄
〔抄 録〕
以上の事実関係に対し、原判決は、右(一)の事実関係を前提として、被告車が左折に備え、減速すれば、被害者が直ちに自車左側方に進出して併進することになり、自車がそのままさらに左折態勢に入れば、被害車が自車左側部に接触する危険が極めて大であり、榊原において接触の危険を避ける時間的距離的余裕がない点を指摘して、被告人に対し、被害車の動静を注視し、被害車が一時停止して自車に進路をゆずるのを確認するか、もしくは、みずから一時停止して被害者の通過を待って左折を開始すべき業務上の注意義務があると判示しているのである。先に一言したとおり、被告車のこの部分の動きだけを切りはなしてみれば、被告人に右のような注意義務があるといえるかも知れない。しかし、以上の事実以外に(三)被告人は被害車を追い抜いた地点、すなわち交差点の四〇メートル以上手前で方向指示器により左折の合図をし、これを継続していたこと、(四)被告車は交差点で道路中央線寄りに幾分大廻りに左折しているが、これは大型車であるためのやむをえない措置と思われること、(五)被告人は横断歩道の直前付近で、被害車を自車の左後方五メートル附近に認めているが、被告車の長さ一〇・六五メートルをこれに加算すると、被告車は被害車よりも一五メートルくらい先に交差点に進入したものと考えられること等の事実を認めることができる。右の経過に徴してさらに事態を検討すれば、およそ交差点で先行左折車がある場合に、後進車がそれに道をゆずり、その進行を妨げてはならないことは明らかで、後進車の側にむしろ衝突を回避する義務があると解されるところ、本件では、この点の判断が逆になっているのではないかとの疑いが強い。詳言すると、本件では、被告車は、交差点の四〇メートル以上手前から左折の合図をし、被害車より一五メートルくらい先に交差点に進入しているのであるから、被告人としては、被害車の側で追突などの危険を回避するよう、一般に予想される措置をとるであろうと信頼するのが、むしろ自然であって、たまたま交差点手前の横断歩道直前で左サイド・ミラーにより自車の約五メートル左側後方に被害車を認めたからといって、これがそのまま交差点に進入し直進してくるとは考えにくく、まさかそんなことはあるまいと思ったとしても、これはとっさの判断としてそれほど非難に値いするとは考えられない。要するに、被告人に対し、被害車が被告車の左折の合図を無視あるいは看過してその進路に進入してくるような異常の事態まで予想してこれとの衝突をさけるため万全の措置をとることを要求することは甚だしく酷であり、この点に被告人の過失を認めることは困難である、といわなければならない。
(横川 中島卓 斎藤)